悪意の遺棄
悪意の遺棄とは?
悪意の遺棄とは、簡単に言うと配偶者や家族を”ほっておくこと”です。民法第752条には、夫婦は一緒に暮らし(同居義務)、家計を共通にして助け合って家庭を維持する義務(協力扶助義務)(民法752条)があると規定されています。
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
そしてこの規定に違反すると民法第770条1項2号に規定する「悪意の遺棄」という離婚原因に該当することになります。
1.夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
悪意とは
ここでいう「悪意」とは、単に遺棄の事実や結果の発生を認識しているだけでは足りず、夫婦関係の破綻をもくろんでいたり、破綻しても構わないという意思、と考えられています。
単に同居義務や協力義務に違反があっただけで「悪意の遺棄」と認定されることはまずありません。
遺棄とは
ここでいう「遺棄」とは、正当な理由もなく同居・協力・扶助の義務を怠ることを言います。逆に言えば、同居・協力・扶助の義務に外形上違反していたとしても、正当な理由があれば遺棄には該当しない、ということです。
また、「遺棄」というためには、一定の期間遺棄が継続して現在に至っている必要があります。(※なお、別居期間5年の経過により離婚を認めた判例があります)
同居義務・協力義務・扶助義務とは
同居義務・協力義務は、読んで字のごとく同居する義務や協力する義務のことです。扶助義務とは、協力義務を経済的な面で表現したものととらえられており、「自己と同程度」の生活を扶助の対象者にも保障することを要求する義務と考えられています。
同居義務は倫理的な規定なので法的な強制力は原則としてありません。審判や裁判で同居が命じられたとしても、裁判所が強引に同居を強制するようなことはできないのです。
妻から夫に対する同居請求が却下された平成13年4月6日東京高裁決定は次のように判断しています。
さらに裁判所は夫婦の同居義務について次のようにも判断しています。
同居義務違反があった場合、同居の請求をすることは当然にできますが、いくら同居を命じる審判や判決を得たところで、現実に同居が実現できるかというと、それは極めて難しい問題です。
いくら法律上の権利であっても、人の心まで強制することはできません。勝手に家を出て行った配偶者に対し、悪意の遺棄だ同居義務違反だと、同居を求めたとて、夫婦の問題は形式的な法律だけで片付けられる問題ではありません。
家を出て行った者にもはそれな理由があるはずです。原因は様々でしょうが、少なくとも「この家に居たくない」という思いがあったことは確かでしょう。同居義務・協力義務・扶助義務などの法律上の権利や義務は当然あります。
しかし、その根底にある人の心の理解なくして、これらの義務の履行を期待するのは難しいでしょう。
悪意の遺棄に当たる行為
配偶者の一方が正当な理由もなく次のような行為を行ったときは、悪意の遺棄に該当する可能性があります。
- 同居はしているが生活費は渡さない
- 妻の帰宅を拒む。(妨害する)
- 仕事をしない
- 理由もなく同居を拒否する(家を出ていく)
- 生活費を送る約束で別居したのに生活費を渡さない。
- 浮気相手の所に入り浸って帰宅しない。
- 生活費は送ってくるが他の女性と同棲している。
- 夫が妻を虐待して追い出したり、家を出ざるを得ないようにしむける
- 姑との折り合いが悪く実家に帰ったままである
- 健康な夫が働こうとしない
- 単身赴任の夫が妻子に生活費を送金しない
- 専業主婦が家事を放棄した場合
- 夫婦共働きで、拘束時間が対等なのに夫が家事に協力しない場合
悪意の遺棄に当たらない行為
- 単身赴任での別居
- 配偶者の暴力や浮気に耐えかねての別居
- 夫婦関係を調整するための別居(冷却期間を置くための別居)
- 子どもの教育上、必要と判断した上での別居
- 病気治療のための別居
- 夫婦関係が破綻した後の別居
※夫婦関係破綻後の別居は破綻の結果であって、破綻の原因ではない
悪意の遺棄に関する判例
半身不随の身体障害者の妻を自宅に置き去りにし、長期間別居を続け、その間、妻に生活費を全く送金しなかった夫の行為は悪意の遺棄に当たるとした事例(浦和地判昭60.11.29判タ596・70)
妻が婚姻関係の破綻について主たる責任を負い、夫からの扶助を受けないようになったのも自ら招いたものである場合においては、夫が妻と同居を拒みこれを扶助しないとしても、悪意の遺棄にあたらないとした事例(最判昭39・9・17)
◎仕事のためとはいえ、あまりに多い出張・外泊等、妻子を顧みない夫の行動が、妻に対する「悪意の遺棄」に当たるとするにはやや足りないが、妻から夫に対する離婚請求が認められた事例(大阪地判昭43.6.27判時533・56)
悪意の遺棄を理由とする妻から夫に対する離婚本訴請求を認めつつ、他方、夫からの妻に対する民法770条1項5号に基づく離婚反訴請求についても、婚姻関係の破綻が妻の協調性を欠く性格・言動による部分も少なくなく、また、妻からも離婚請求がなされていることから、同離婚請求が認められた事例(長野地飯山支判昭40.11.15判時457・53)
妻が、夫の不貞行為や悪意の遺棄等により婚姻関係が破綻したとして慰謝料を請求した事案において、不貞を認めるに足りる証拠はないとする一方、夫は、夫のために多くの金銭的援助をする等支えてくれた妻と生まれて間がない子を置いて家を出て、その後格別妻との夫婦関係の修復を図ることなく、かえって離婚を求めて調停を申し立てたり、調停で決まった養育費の支払を滞らせる等し、離婚に至るまで妻らのもとに戻ることはなかったもので、これらの行為は悪意の遺棄に該当するとして、慰謝料300万円を認定した事例(東京地判平21.4.27)
会社倒産後に夫が家出して女と同棲し、アル中等で入院中、妻がこれを見舞わず、その生活費や入院費も負担せず、夫の帰宅も受け入れないことが悪意の遺棄に当たらず、また、妻が夫の財産を仮差押えし、夫も別の女と同棲する等の破綻状態が10年以上続いて回復不能であるが、有責配偶者たる夫からの離婚請求は認められないとした事例(東京高判昭55.11.26)
有責配偶者からの離婚請求の許されない理由は、かかる離婚請求が認められるとすれば、配偶者の一方が離婚原因に該当する行為に及んでおきながら、法の保護を受けて離婚することができるということになり、ひいては離婚を目的として不貞行為、悪意の遺棄等をすることまで容認する結果ともなり、婚姻秩序ないし離婚制度を著しく破壊することになるからである。したがって、このような弊害のない場合、すなわち客観的にも結婚が破綻しているうえ、夫婦共に離婚意思のあることが明らかで、ただ離婚に伴う財産関係の処理の問題で訴訟になったような場合には、当事者の責任の有無にかかわらず、いずれからの離婚請求を認容してもなんら支障はないとした事例(名古屋地判45.8.26)
有責配偶者の別居期間中の生活扶助請求権は否定されても止むをえないから、その実家における生活を顧みなかつたからといつて、離婚原因としての悪意の遺棄に当たるとは認めえないとした事例(水戸地判昭43.7.31)